第4回 コラボの裏側
日本ペン習字研究会(以下省略、日ペン)のボールペン習字講座の公式キャラクター「美子ちゃん」の活動が話題となっている。ツイッター上で公開されている企業広報の手書き文字をチェックし、一方的に「汚文字(おもじ)」を認定して、その広報部宛てに、オリジナルの課題シートを送りつけるというのだ。雑誌の裏表紙にいた美子ちゃんが、SNSで活躍する取り組みについて、(株)学文社 営業部課長の浅川貴文さんにお話を伺いました。
日本の通信教育の先駆者的な存在
――日ペンと、学文社はどのような会社なのでしょうか?
日ペンは、昭和7年(1932年)に、全国にペン習字を広めたいということで始まった団体で、通信教育の先駆者的な存在です。通信教育の問題を作ったり、添削をしたり、会員組織に対して、展覧会や講習会、イベントなども行っています。その後、昭和35年(1960年)に株式会社学文社を発足し、教材の販売・制作をしています。
――浅川さんはどのようなお仕事をされているのですか?
私は営業部に所属していますが、主にインターネットに関係する仕事をしています。ホームページの編集や、多くの人に見てもらう取り組みです。今は営業部には10数名います。

「汚文字認定」として送られる専用の課題シートの一部。
送り先の企業ごとに考えられた手本の文面がユニークだ。
「美子ちゃん」の誕生秘話
――「美子ちゃん」はそもそもどうして生まれたのですか?
昔は、ペン先に自分でインクをつけて書く「つけペン」が、筆記具の主流でした。1960年代にボールペンが普及し、1970年代には会社の公的な文書で、ボールペンの使用が認められるほど広まります。会社の書類に、手書きで字を書く機会が増え、きれいに書くことが、新卒の社会人の重要なスキルになっていきます。その中で、とくに若い女性をターゲットにボールペン習字講座を広めるため、考えられたのが「美子ちゃん」でした。 そして、昭和47年(1972年)に、雑誌「明星」の裏表紙の付録として、初代「美子ちゃん」が登場しました。
――そんなに古くからあるのですね。確かに、私も小さいころに美子ちゃんのイラストを、雑誌で見た記憶がありますね……。その後も、いろいろな先生方が描き継いでいったそうですね。
実は、2000年の4代目を最後に、美子ちゃんを一旦休止させていました。2007年にインターネットの企画で、新作漫画として一時登場しますが、その後も休止していました。その大きな要因は、1980、1990年代から出てきた、ワープロ・パソコンの普及です。字を書く機会が減っていったんです。
――それは大きな変革ですね。なのにどうして、2017年に6代目が復活したのですか?
検討チームを作って、美子ちゃんの再活用を話し合ってきたんです。その時、社長の三ツ井から言われたことが、「昔のモノをただそのまま戻しても、そこに意義は感じない。新しい美子ちゃんを意識してほしい」ということでした。今までの枠にとらわれない、チャレンジをしようと話しました。

日ペンのテキストと一緒についてくるぺんてるの「エナージェルユーロ」。
履歴書やエントリーシートなどにもよく使われている。
6代目「美子ちゃん」の誕生!
――6代目の「美子ちゃん」は、今までと随分違った活動が目立ちますが、スタートの時から面白いですね。
作者の服部昇大さんと出会ったことも大きいです。服部先生は、もともと美子ちゃんのファンで、美子ちゃんのパロディ漫画を描いていた方です。その服部先生にお願いして、6代目の漫画をツイッターで描いてもらい、大きな反響を得たんです。
――ずっと雑誌の裏表紙だった美子ちゃんが、6代目はSNSに活動の場を移したんですか。
私をはじめ、チームのメンバーは、4代目の美子ちゃんが休止してから入社した人間なんで、良くも悪くも当時の成功パターンを知りません。雑誌ではなく、ツイッターでいこうとなり、ツイッターでやるのなら、どういうキャラクターがいいか、あらためて考えました。復活させた時、ツイッターのリプライを見ると「懐かしい」「なんか面白いことやってる」「会社っぽくないね」という様々な反響があったのは、うれしかったですね。
今回の企画で使っている課題やテキスト、ペンなどの一式
予告なし! 突然送られてくる「汚文字認定」
――その後、展覧会やグッズ販売、単行本、アニメなど、いろいろと仕掛けていらっしゃいますが、とくにユニークなのが「汚文字認定」です。こちらは、どうして始められたんですか?
これも他と同じで、とにかく面白いことをやろうという発想からでしたね(苦笑)。まずやってみようよと。もともとは、お付き合いのある「ぺんてる」さんもツイッターのアカウントを2つ持っていて、そこで「なにか一緒にやりたいですね」とは言っていたんです。
――まだ、そこで具体化にはなっていない時ですね。
そして、「汚文字認定」が始まる前、2018年の夏場ごろに、ツイッター上で、手書きの文字を見つけて、練習が必要そうな文字を見つけたら、そこへ一方的に、専用の課題シート1枚と講座のパンフレットを送ってみたんです。手書きの文字が載っているツイートを見つけたら、予告なしで送っていました。宛名も「ツイッターの中の人様」と書いていました(笑)
――えっ、怒られたりしなかったですか?
怒られるかもしれないし、そもそも届かないかもしれないと思っていました(苦笑)。ダメ元で送っていたら、ほとんどは反応が返ってきたんです! みなさん、おやさしい方々です(笑)
――たしかにすごい反響だ!
こんなに反響があるなら、日ペンの講座のプチ体験をしてもらおうと考え、1か月くらいで出来る練習ノート、テキスト、DVDもつけて送るようになったんです。みなさんが練習している様子をツイッターで上げてくれて、さらに輪が広がっていきました。師範の先生にもガチ添削してもらい、容赦なくダメ出ししてもらいます。今では、「あのアカウントの字は、シートを送ったほうがいいよ」とか、「このアカウントの字は下手じゃないでしょ! うまいでしょ!」といったコメントも来て、にぎわっていますよ。
――みんなで面白いことをしようという雰囲気がいいですね。
「字を上達させるためには手段を択ばない」という美子ちゃんのキャラクターが、チームにも乗り移っている気がします(笑)
6代目の「美子ちゃん」の活躍を支え、コラボ事業を自分たちで楽しんでいる浅川さんたち。
その発想の自由さは楽しむ姿勢が作り出す。
――何かプロモーションなどはされているんですか?
とくにはしていません(苦笑)。ただ、参加していただく方には、ハッシュタグだけ、探しやすいように統一して、やりやすいようにスケジュールだけ調整して、あとは自由にやってください、という感じです。「ぺんてる」さんは、練習しながら自社のペンでテキストにお絵かきしたりして、それぞれが楽しんでいるのが伝わってきて、僕らも「新しい投稿がないかな」と、毎日エゴサーチしています。
――このコラボで、良かった点と苦労した点はありますか?
こぼれ話ですが、日ペンの教材で使っている例文は硬めなので、今回のような美子ちゃんの練習シートのお手本を、師範の先生に書いてもらうのに、若干、気がひけました。そこで、箱の宛書きは私が書いたんです。それが裏目に出てしまって(苦笑)。まさかその箱の字が、ツイッターで公開されてしまい、「え、これ本当に美子ちゃんの字なの?」というので、評判になってしまいました。 学文社も参加するとは言っていなかったのですが、「自分もやらないといけない!」と思い、自社の教材で練習を始めました。私も何年かぶりにやってみたんですが、面白いですよ。
――最後に、今後はどんな感じで取り組もうとされていますか?
いろいろやっていきたいです。「美子ちゃんがまた、こんなことは始めたよ」とか、「本当にこれが企業のキャラクターか?」と言われるような、成長する美子ちゃんの姿を楽しんでもらいですね。 そして、「汚文字認定」がいつ、どこに届くかわかりませんから、みなさんには毎日ドキドキしながら、ポストを覗いてみてもらいたいですね(笑)。